神戸・灘催眠心療センター

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電話催眠って何?

「電話催眠療法」とは、家庭電話や携帯電話を使った催眠療法のことで、電話を使うことにより日本全国ましてや外国からでも電話さえあれば催眠療法を行うことができます。

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神戸・灘催眠心療センターブログ 2010年10月アーカイブ

体験談:35歳 男性 某市職員

「私の経験談」

小学校時代:5、6年にかけて「いじめ」にあう。
中学校時代:水泳に没頭し成果をあげるも、再三不良グループから集団暴行にあう。
高校時代:人間嫌いに陥る。人と会話することはまれ。出席日数ぎりぎりで卒業。
1年浪人:その年のセンター試験当日に阪神大震災にあう。自宅全壊。
その後、小・中と習っていた少林寺拳法の恩師の家業「工務店」でアルバイトをし、そのまま入社。
2年半で恩師が病死。その後、人間関係のもつれから退社。
平成9年4月に某市職員として就職。

(鬱を発症した経緯と進行状況)
父、兄、伯母、従兄弟と、周りはすべて公務員という中で育った。
しかもその全員が出世コースのエリートばかり。プレッシャーを感じていた。
上司の勧めで、通信教育により大学を卒業。その年の仕事ぶりは順調で、上司からも買われていた。
しかし、満を持しての昇格試験の結果は不合格。
途方に暮れ、この先の人生について妻に相談するつもりだったが、妻は無関心だった。このころから人格が崩壊した。
何も感じなくなり、笑うこともなくなり、なぜか子供の顔を見ると涙が止まらなかった。
毎晩流しこむようにお酒を飲み、手当たり次第に物を壊した。

2007年、最初に近所の心療内科に相談したところ「うつ病」と診断された。
追い討ちをかけるように、某テレビ局により職場を盗撮され、6時の報道番組の特集として「税金の無駄遣い・職員労働の実態」と称し、事実無根の編集により祭り上げられた。
自分の顔にモザイクが入った放送を家で見ていた。人一倍まじめに勤めていた自分が、何も知らない人たちのネタ作りのために「サボり職員」として放映された。自力で精一杯抗議文を出したが、市当局はもちろん、担当課も何のフォローも精神的ケアもしてくれなかった。鬱は進行する一方だった。休暇を余儀なくされた。

1度目のリストカット。この時2件目の心療内科に移った。
薬は診療のたびに増え、1回の診察で1万円以上の医療費がかかった。
この時、医師からとある精神科病棟に入院を勧められた。
その精神科では、「単なるコンプレックスだ。」と門前払いを受けた。
知り合いの勧めで3件目の心療内科に移った。
2度目のリストカット。事もあろうか、その医師は「自殺モードに入った患者は救えません」「鬱は治りません」と断言した。
未来が見えなかった。その当時から記憶障害に陥った。
どれだけ時間がたったのか、どれだけ浴びるようにお酒を飲んだのか、記憶のないまま、2008年4月某日、首をつった。
(いや、記憶ははっきりしていたのかもしれない。心地よかった。おそらく鼻歌でも歌っていたような気がする。クラシックだった。)
運良く(不幸にも?)ロープが切れ、底に倒れているところを発見され、気づけばICUのベットの上だった。
左半身は麻痺し、喉の内部はズタズタに引き裂かれ、喉頭がいが癒着したまま治療した。水も飲めず、食事もとれない日々が続いた。
体の麻痺が取れ始めたころ、リハビリ専門の病院へ移った。
そこで耳鼻科手術を2回受け、なんとか食事できるようになった。
退院後も鬱は治らなかった。市内でも有名な心療内科に相談にしたが、顔も見ず門前払いを受けた。

ようやく他の心療内科に落ち着いたが、症状は小康状態。そろそろ薬物治療に限界を感じていた。

そうこうするうちに、元上司の知り合いから、「催眠療法」なるものがあることを聞かされた。藁をもつかむ気持ちでその門をたたいた。

先生はとても優しく、多くの時間話を聞いてくださった。
そして、ご自分も、「心が病んだ」経験を言って聞かせてくださった。
だからこそ信頼できた。

私たちの願いは、ただ元の体、元の家庭に戻りたいだけなのです。
笑顔で暮らしたいだけなのです。
そこから抜け出すには「催眠療法」は有効な手立てなのです。

私はおかげさまで、異例な速度で回復し、社会復帰を果たしました。

一人で悩まずにまず相談してください。必ず「見えなかった明日」が見えてくるはずですから・・・


ありがとうございます。

神戸灘催眠心療センターの豊田です。

一昨日お土産二つ頂きました。

別々の人なのですが、一人目の方は今は宮古島に住まれ、実家が関西ということなので

里帰りついでに院長に会いに来て下さりました。

そして、宮古島の泡盛をいただきました。ありがとうございます。


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もう一つは、おしゃれな洋菓子をいただきました。

その方には以前にも頂きました。またまたありがとうございます。


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また最近ブログ、サボり気味ですが
催眠療法のことでは書くことはたくさんあるので更新していくようにします。






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